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耳よりニュース夏本番!ぬか床伝道師青木隆さんが教える【うれしいぬか床】夏場のワンポイントレッスン
Q:うちのキッチン、日中は気温が高くなるんです。大丈夫でしょうか?

A:室温が高くなる(日中30℃を超える)キッチンでしたら、昼間は冷蔵庫の野菜室に入れてみましょう。夕方くらいに室温に戻してあげます。過剰な発酵が抑えられます。

※冷蔵庫に入れる時、出す時のタイミングでよくかき混ぜると、ぬか床の元気が保てます。

※長時間(3日以上)続けて冷蔵庫で保管すると、乳酸菌の力がだんだんと弱まってしまいます。そうすると酸味が生まれず雑菌が増えていきます。「酸味が足りないな」と感じたら、足しぬかで新しい乳酸菌と塩を補い、常温にしてよく混ぜて菌を元気にしてあげてください。

Q:ツーンとするアルコール臭がしてきたわ。

A:ぬか床が酸素不足になると、強い酵母菌がアルコール発酵を始めます。

お手当て方法

(1)よ~く混ぜて酸素を十分に送ってあげます。1日に2~3回のよ~く混ぜ(目安は10分間)を3~5日続けると、アルコール分が揮発して、酵母菌の活動も落ち着きます。

(2)水気が多い時は水分を十分捨てて足しぬかをしてみましょう。

(3)タッパーウェアなどの密封容器を使われている場合は、酸素の供給が絶たれて酵母菌が無酸素呼吸のアルコール発酵に切り替わります。ふたの代用として、空気の出入りができるキッチンペーパーなどを使い、密封しないようにすると良いです。

【うれしいぬか床】の特徴は・・・

有機栽培の米ぬかの天然の乳酸菌が元気に働き、自然な「酸味」を作ってくれるので、「塩分」を控えて熟成しています。この「酸味」は梅干しのクエン酸と同じように「体内の代謝を上げて」「疲労回復」に役立ってくれます。
夏野菜がおいしい季節、夏の体調管理のためにも【うれしいぬか床】でぬか漬けライフはじめませんか。続けていくうちにお手入れもだんだん身について、誰でもぬか漬け名人になれますよ。

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耳よりニュース『あひるの家の冒険物語』 第9話 暗転 第二幕 ―長くて暑い夏がやってきた―

関西グループの事故対応から戻ってきてから1週間後の1983年9月10日、プロジェクト・イシの全体会議が開かれました。国分寺のイシ事務所には70名程の人が集まり、入りきれない人は窓の外から会議に参加していました。
「吉川さん(プロジェクト・イシ前代表・JAC代表)から“爆弾発言”があるらしい」という噂が流れていたからです。

2ヶ月前の7月1日、JACからの野菜の納品伝票とともに、吉川君の“プロジェクト・イシ代表辞任届”が添付されていたのです。
「イシ代表の任はあまりにも重いものでした。今後はJACの仕事に専念することで、イシの拡がりや八百屋の発展に尽くしていきたい」という内容でした。
真意を確かめたくて吉川君に連絡をとるのだけど、つかまりませんでした。
「これは何だ?」「何があった?」「あの吉川さんがここまで追い詰められたのには訳がある筈だ?」「執行部内の確執ではないか?」・・・・・・の声があがりはじめていくのでした。
ぼくにとって吉川君は、最も信頼し尊敬していた人でした。関西、埼玉でのセンターづくりや、プロジェクト・イシ全国大会などをともに推し進めてきた同志でした。
吉川君の唐突な“辞任劇”はよく解せなかったのですが、彼の果たせなかったことを引き継ぐことが感謝の気持ちになると思い、8月5日のイシ全体会議で代表に立候補し、選任されたのです。小学、中学の学級委員を含め、自ら手を挙げたのは初めてのことでした。
1週間後の8月13日、関西グループの事故がおこり、2週間余り大阪にとどまることになってしまったのです。
“爆弾発言”の噂はきこえていたので、大阪から何度も電話をかけるのですが、吉川君がなかなか電話口に出てくれず、ようやく出ても「そんなボス交渉みたいなことはやらない。9月の会議でみんなに直接話す」と言うばかりでした

当日、吉川君からは「プロジェクト・イシ会員の全ての人々へ」という15ページにわたる文章が提出されました。おおむね二つの点についての疑義が記されていました。

一 現執行スタッフの言っていることとやっていることの矛盾。
二 プロジェクト・イシの活動の中から発足したJAC関西、JAC埼玉のセンターの株の55%をイシが保有するのは当然だと思うが、JACの株は荒田、金田、吉川の3人で保有している訳だから、JACの株も55%イシが保有すべきだという考えには反対である。もしこれをおしすすめるなら、JACはイシを脱退する。

というものでした。

代表であるぼくへの批判は以下の4点でした。

(1) “連帯”を語りながら自分のグループでは次々とスタッフが辞めてゆき、亡くなった者までいるという現実は、“連帯”と言いながら“専制”を強いた結果なのではないか?
(2) 初代イシ代表(荒田君)にイシ代表、JAC代表の兼務を批判し辞任を迫ったのに、自分はあひるの家代表、JAC関西代表、プロジェクト・イシ代表と3つも兼務していることの矛盾をどう考えているのか?
(3) “都市と農村の連帯”を唱えながら、農場の経営、運営が行き詰まると「つぶしてしまえ」と言ったことの矛盾をどう説明するのか?
(4) 本来プロジェクト・イシが負うべき2つのセンターの株購入代金、農場の土地返済金等の600万円をJACが肩代わりせざるをえなかった同時期、あひるの家の2Fを400万円かけてレストランにしたのは、“みんな”と“自分”の使い分けではないか?

吉川君の文章は次のように結ばれるのでした。

「理念を築く為の現実を担う努力と責任感と自覚がない中での渦の拡がりは、自壊を招くだけなのだと思います。今は原点としての八百屋の現場に立ち戻るべきです」

10月1日、全体会議が開かれ批判された執行部スタッフから、50ページに及ぶ回答・反論・改革案文が提出されました。しかし、この反論文がまともに検討されることはありませんでした。
本来なら、吉川君の疑義に対して、事実と事実をつき合せて、至らないところを解決する方法を探るというのが議論の進め方だと思うのですが、そうはならなかったのです。
この1ヶ月の間に、個人的だったりグループ間だったり、様々な集まりが繰り返されていました。色分けができてしまっていたのです。
「吉川さんが言っているように…」「そうは言っても本当はちがうんじゃない。オレはいなかったけど」「オレは権力は嫌いです。嘘も嫌いです。だから、イシがそうなら原点に戻るべきです」「あんたたち論理的すぎない。人間そんなもんじゃないわよ」「この八百屋はナモ(長本兄弟商会代表)たちが始めたんで、あんたたち後からきた人たちでしょ」「イシの名を語ってJACを乗っとろうとしているんじゃないの」……
今まで主体的にイシ活動を担うことのなかった人達の発言があいつぎました。11月の全体会議で今後の方向の採決を行うことになりました。
深夜店に戻ったぼくは、憤りと諦めの気持ちで叫びだしそうでした。
椅子を持ちだしてじゃが芋の芽をかいたり、枯れたネギの葉先を切ったり、玉ねぎの皮をむいたりしました。
時は既に1時を回っていました。玉ねぎの皮を1枚また1枚とむいていると、泡立った気持ちが山奥の湖のほとりに立っているような静けさにつつまれるのです。
シャッターを閉めて家に帰る道々、「ああ、八百屋でよかったなあ」と思ったものでした。
11月の採決会議に向けて、イシ継続グループが営業の終わった『ジャックと豆の木』などに集まって協議を繰り返しました。
その頃JACでは、スタッフ合議制を廃止し、復帰した前JAC代表の荒田君が全てを決める体制に変更していきました。JACの加工品部として大きく売り上げを伸ばし、合議制、センター構想を推進してきた小野田君・針生さんをはじめ5名がJACを退職し、この集まりに合流しはじめました。
11月の採決会議には4つの案が出されていました。

1) 小野田君たちの加工品を主にした新センター案。
2) イシを交流の場に案。
3) イシの活動停止、執行部総辞職、イシ再建委員会設置案。
4) イシ解散、現場に戻ろう案。

4)のイシ解散案は吉川君からの提案でした。1)~3)の案を巡って、イシ継続グループの話し合いが行われました。
イシ継続グループといっても、各々「有機農業」「流通販売」「ネットワーク」の3つの要素に対する力点が異なり、これまでのイシ活動の中で張り合ったり、反目し合ったりの経緯のあるグループ同士でした。更に、妥協する位ならグループ単独で「自走する」ことを選択する人たちでもありました。
「なんとプライドの高い、わがままな、めんどうくさい奴等なんだろう」と何度も思ったものでした。まるで15年前の文言を思い出させるやりとりでした。
「連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして倒れることを辞さないが、力尽くさずして挫けることを拒否する」
そしてイシ継続グループは、11月の採決会議に向けて一つの結論を出したのでした。
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