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耳よりニュース★フィルムカメラのサポートしてます!★
★ディープな世界へ「e-現」1本780円!★
休眠しているフィルムカメラをデジカメ感覚で再登板させます。
通称「e-現」(ネガフィルム同時デジタル変換現像)
クラカメやトイカメラの画像をブログやウェブで紹介したい方に最適です。
フィルム1本(135/APS)のフィルム現像と撮影データのCD-Rへの書込み(16base/jpg)がセットで
     
    1本780円(税込)

※1本のフィルムを現像後1枚のCD-Rに書き込むサービスです。プリントは作りません。
※1枚のCD-Rに最大5本まで書き込めます、ご希望の場合はご相談下さい。価格は780円×本数分です。
※ハーフサイズはネガのみ1本毎150円増し(1枚のCD-Rに2本まで)
※ブローニーは120ネガのみ1本毎1050円
●現像済みのネガフィルムムは1本目520円でシート単位書込み致します、2本目以降1本360円で承ります。(最大40枚撮り5本分200コマ16base/jpg)
※ブローニーは120ネガ1本目850円2本目以降1本630円
※CD-Rに1本毎にタイトルインデックスが付きます。
※いずれのサービスも135/120・APSネガフィルムのみの受付です。
■受注処理です、午後3時までの受付分は当日仕上がりが可能です■

※通常のフィルム現像(現のみ)料金は1本520円です
 稼働時間を制限していますので事前にご確認下さい。
※価格はすべて税込表示です。
≫ 手芸とDPみどり La Chambre verte




耳よりニュース『筋膜療法90分を受けられたお客様の声』
筋膜整体サロン Kawaguchi Style の 川口秀広です。

先日来店されたお客様が体験談を書いてくださったので、ご紹介します。

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調布市 杉山則子様

 先日、体のコリがピークになってしまい自分ではもうどうにもこうにも出来なくて、駆け込み寺的施術院“Kawaguchi style“に予約を入れさせてもらいました!

 お世話になりました! その時の感想です^^
 
 やっぱり骨盤 右側が上がってた!

 身体の隅々までコリをほぐしてくれて、ここ2年くらい首の右側が常に痛い状態だったんだけど、今は 少々コリが残ってはいるものの痛いのは収まってるし 何しろ頭の重みを感じない!*¥(^o^)/*

 指でしっかり押すことが出来るまで、筋肉がほぐれてます!

 ここまでくると自分でやるマッサージも少しは効くようになる(*^^)v

 そして内蔵の方も ぷにぷにに戻りました!

 お腹硬いなーって 先月くらいから思ってたんだけど、これもコリだったのか?

 ここ1ヶ月くらいコンコン咳してて、大きく息が出来なくなってたんだけど、かなり普通に息出来るようになりました!

 ありがとうございました!

 また駆け込みますのでよろしくおねがいいたします<(_ _)>

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整体を越えた!
超快適な身体『フローメンタルボディ』を作るサロン
氣∞筋膜療法サロン Kawaguchi Style
住所:東京都国立市富士見台1-24-12 サンケー・コーポ富士見台201
TEL:042-573-2022
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

http://kawaguchiseitai.com/blog/4347
≫ kawaguchi style 氣功整体マッサージサロン 国立店




耳よりニュース『あひるの家の冒険物語』第4話 突き出されたトコロテンの行く先は……
1978年春3月仁君が、その10日後に武重君が訪ねてきました。
髪を後ろで束ねて顎鬚をのばした仁君は、山梨韮崎の自給自足を営む農場からやって来ました。
武重君はこれまで定職についたことがなく、趣味の写真と不用品修理でいくばくかのお金を稼いで生活していたそうです。この日もカメラ携えてやって来ました。
国立と周辺エリアを分けて、3軒のリヤカー八百屋がはじまったのです。ぼくには「仲間がふえた!」という喜びよりも、「エーッ!どうして?」という戸惑いの方が大きかったのです。
2人はよく夜訪ねてきて、ぼくの子供たちと遊んでくれたりしながら、「里芋の傷みはどうしたらわかるんだろうか?」とか「サツマ芋がボソッと腐るんだけど」「風にあたってヨレヨレのほうれん草は、水をふった方がいいんだろうか?」「100g35円で470gあった時、どうやって計算してる?」「卵の殻、割れやすいよね」など、今日お客さんに言われたことなど話しは尽きないのです。たった半年なのに、彼等にとってぼくは八百屋の先達ということになる訳です。
そして8月、「役所辞めてきちゃった。八百屋やらして」と清々しい笑顔で、元職場の同僚だった藤井愛子さんが増田書店の前にあらわれたのです。
元職場のサークルではフェミニズムをテーマに活動し、本屋さんの前によく顔を出してくれていました。それでも、「辞めてくる。八百屋をやる」とは思いもしませんでした。
仁君のパートナーで、自給自足農場に出入りしたり八百屋を手伝ったりしていたむっちゃんから、八百屋をやりたい旨のアピールもありました。
5人で話し合いをもったのです。
「フラットのエリアを考えると、5軒のリヤカー八百屋がやっていくのは難しいよなあ」
「リヤカーの基地があるといいね。荷物のやりとりもできるし」
「八百屋だけじゃなくて、ふらっと人が立ち寄ってお茶飲んでいく場があるといいね」
「そうそう、元気のでる情報交差点みたいなスペース」
ということで、藤井さんとぼくの退職金で持てるお店を探すことになりました。「1年間やって、9月4日に八百屋をやめる」という、ぼくの秘かな決意を言い出すことができませんでした。
10月、国立西(駅から15分)の富士見通り沿いに、7坪の縦長の店をオープンさせたのです。
店の看板は、友人で画家の清重君(いもむしころう)が、「1週間分の食材提供」とひきかえに描いてくれました。濃いグリーンの下地に、大根と人参を掲げたあひるがユーモラスに描かれています。
●スタッフ:5人 30才1人 20才半ば3人 20才1人
●八百屋暦:1年1ヶ月1人 7ヶ月2人 0ヶ月2人
●販売形態:店舗(無休) 軽トラック リヤカー2台
●運営:合議制
●給与:一人一律7万円
店がオープンしてからもしばらくはリヤカー八百屋をつづけていたのですが、リヤカーで買っていたお客さんで店まで買いに来られた方は1割もいませんでした。
思うのです。
「ほとんどのお客さんは“有機無農薬の食品”が欲しかったという訳ではないんだ。じゃあ、あの熱い共感、共有のようなものは何だったんだろう?」
以降、「リヤカー八百屋のような店になりたい」というのがテーマとなります。
そんな目算外れも、立地もあったり不慣れもあり、店はあんまりというか相当売れませんでした。来客数3人という日もありました。
「待っていてもしょうがない」ということで、交替しながらリヤカーに野菜を積んで、旭通りバス停前の駐車場、大学通り緑地帯、増田書店前、富士見台第一団地などで宣伝をかねて販売したりもしました。
朝リヤカーで出発する時より、帰って来た時の荷が多いという武重君は、壊れた自転車や弦の切れたギターや、使わなくなった冷蔵庫をお客さんにもらってきたり、拾ってきて修理しクリーニングして一緒に売ったりもしていました。
店にはお客さんはあんまり来なかったけど、店内の1畳の畳スペースは“旅人たちや国立・国分寺の知り合いたちのたまり場”にもなっていたので、にぎやかな笑い声であふれていました。
空気が澱みはじめていました。
むっちゃんや藤井さんは勿論のこと、仁君や武重君そしてなによりぼく自身が、“澱み”をコントロールする気構えがありませんでした。
「店を持ちたかった」訳でも、「仲間がほしかった」訳でもなく、更に「八百屋をやりたい」訳でもないぼくには、踏みこんで向かい合ってゆく情念のようなものがなかったのだと思います。
音がすれど姿のみえない昼の花火のように、音がする度に顔をあげて、少しワクワクしながらながめるのだけど、何も見えないというもどかしさが続いた1年でした。

―訂正―

始めるにあたって「時系列と名称が苦手」とお知らせしましたが、さっそく間違えました。
リヤカー八百屋のスタートを1978年と記しましたが、1977年9月5日の誤りでした。古いメモが見つかったり、学生の頃から指折り数えてみて判明しました。
ずーっとそう思っていたので、『あひるの家の冒険物語』を書き始めた最大の収穫を得たような気がします。
あと、人名がよくでてきますが、今もあの頃も本名を知らなかった人がたくさんいたことを思い出します。通称名で記していきます。
≫ あひるの家