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杏と李の違いに関する情報集: その8
1998年08月06日(水)
杏の中国での栽培の歴史は古く,桃,李と同じく五果(残りは栗と棗(なつめ))のひとつとして珍重されてきた。杏の記載は2600年前にさかのぼり,紀元前7世紀ごろの『管子』には,杏が肥沃な土壌に向いていると述べられている。また,中国古来の農書の集大成である6世紀の『斉民要術』にも,詳しい栽培法や品種の特性が述べられている。
中国や西アジアでは,果実だけでなく種子(仁)を薬用や食用にすることも,普通に行われていたようである。杏が医学や薬学とも関係が深いことを物語るものであろう。一般に,苦みの強い種類は薬用に,苦みの少ない種類は食用にされた。西アジアやヒマラヤの山裾には,今も半野生の杏の群落が見られるが,これらの杏は干し杏として冬の間のビタミンの補給に,また種子は貴重な脂肪源として,長く利用されてきたものであろう。
日本への渡来の時期は明らかでないが,一説によれば,平安時代には杏は唐桃(からもも)の名でよばれ,杏の名が登場するのは江戸時代に入ってのことであるという。日本の品種は樹勢が旺盛で果実が大きく,酸味が強いという特徴をもち,近縁の梅と交雑していると推定される品種も多い。このため,日本では杏を生食することは少なく,ほ
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水割りをくださ~い♪
1998年08月02日(土)
すっかりご無沙汰しております。大久保です。ホームページがあるとの事で早速開いて
みました。いや~何か嬉しいですね。週に2日通っていた頃が懐かしいです。
プリクラを貼った僕のボトルなんてまだあるんでしょうか?ママの歌ってた恋月夜♪
また聞きたいです。でもこうしてホームページで「あんず」に出会えて感激です。
ズームインに出演した「あんず」の看板・何故か久保さんと僕が見間違えられた学生服
&瓶底メガネ・・・・この店でしっかり名前を覚えたピスタッチオ・・・・色々な事が
思い出されます。結構仕事が忙しいのとやはり遠い事もありなかなかお伺いする事がで
きませんが、この夏には是非一度あんずを訪れたいものです。勿論いたりあ小僧によっ
てコウちゃんも誘ってね。そして・・・・・「メモリーグラス」を歌います。
ところで発言者のRYUKOさんと「スナックあんず」ママと飯島典子さんの部分で
リンクが貼ってあるアドレスが同じですけど、ひょっとして僕が存じ上げている飯島さん
の事かな?直接メールを送ろうかとも思ったんですけど、とりあえずページに書きこむ事
にしました。
さて、私事で恐縮ですが、おかげさまで来年1月
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